瀬野さんの車に乗り、家の近くの場所を伝えた。

 

家は、瀬野さんのマンションとは比べ物にならないくらいのボロアパートなので、教える気にならなかった。

 

多分瀬野さんは気にしないんだろうけど、私のちっぽけなプライドが許さなかった。 

 

 

「美結さん」

 

「はい?」

 

「俺と結婚しないのは、他に好きな人がいるのか、それとも彼氏がいるとか?」

 

「っ、!?」

 

 

急な質問にむせてしまった。恥ずかしい。

 

 

「や、いないですよ!」

 

「そっか」

 

 

空気が優しくなって、なんだか照れくさくなった。

 

本当に隣にいる完璧な瀬野さんが、私のことを好きなのかな?

 

 

それからはお互いに口を開かなかったけれど、重い空気じゃなくて、居心地の良い空間だった。

 

「ありがとうございました」

 

 

家の近くのコンビニに止まり、シートベルトを外して頭を下げた。時刻はもうすぐ10時30分というところだろうか。

 

 

「本当にここでいいの?家まで送るのに」

 

「大丈夫です」

 

 

では、とドアに手をかけると、待ってと瀬野さんが呟くように言った。

 

 

「連絡先教えてくれない?」

 

「……え?」

 

「ちゃんと、家に着いたか知りたいんだ」

 

 

つまり、連絡先を教えて家に着いたら連絡しろってこと?

 

 

「…大丈夫です。ちゃんと家に帰るので」

 

「俺は心配で仕事に集中出来なくなる」

 

 

前のめりに強めに瀬野さんは言った。

 

顔を見ると、強めの口調とは真逆で不安そうな顔をしていた。

 

 

「美結さん、お願い」

 

「……、仕事に、支障が出るなら…」

 

 

 

蚊の鳴くような声だったけど、瀬野さんにはちゃんと聞こえたみたいで、凄い嬉しそうな顔をした。

 

まぁ、連絡先ぐらい大丈夫でしょ。

 

連絡先を交換して、もう一度お礼を言ったらまた明日、と言われたのでそれには答えずに車を出た。

 

「(…ご飯買わなきゃ)」

 

 

さすがにこの時間に自炊しようとは思えなくて、コンビニに寄った。

 

売れ残りみたいに、ちらほらとしか弁当やおにぎりは無かったけれど、それで充分だった。

 

おにぎりを2つ買って、やる気のなさそうな店員に差し出した。

 

 

「いつもありがとうございます」

 

「……いえ」

 

 

この店員はいつもこの時間がシフトらしく、私もほぼ毎日ご飯を買うから、ちょっと顔見知りみたいになっていた。

 

無造作にされた黒い髪に、メガネにマスク。
ほとんど顔は分からないけれど、目の下の涙ぶくろだけが彼だと分かる部分だった。

 

雰囲気と話し方から、恐らく年は近いと思う。

 

 

「またおにぎりだけですか?」

 

「お腹空いてないので」

 

「だからそんなに細くなるんですよ。もっと食べて下さい」

 

 

お金をレジにいれながら、呆れたように言った店員。
ただのコンビニの店員に何故そんなことを言われてるんだ私は。てか細くない。

 

 

「またお越しくださいませ」

 

「どうも…」

 

「あ、」

 

 

おにぎりを受け取ってコンビニを出ようとした時に、ふいに店員さんが声をあげた。必然的に振り向くと、メガネ越しの瞳が私をしっかり捕えていた。