ため息

 

「あ……」

 

「車にいないからビックリしたよ…」

 

 

そこにいたのは、焦ったような顔をした瀬野さん。いつも嫌な笑顔を浮かべていた瀬野さんからは、想像出来ない表情だった。

 

 

「どこに行こうとしたの?」

 

「え、いや、帰ろうと…」

 

 

はあ、と髪をかき上げながらため息をつく姿もなんだか色気がすごい。これがイケメンというやつか。

 

なんて、ボーッとその姿を見ているとその瞳と視線がかち合って、そのまま体を引き寄せられた。

 

 

「な!なにっ、」

 

「急にいなくなったりしないでよ…」

 

 

ギュウっと苦しいくらいに抱き締めてくる。

 

それが本当に心配していたんだな、と思うとなんだか心がきゅーっと締められた。

 

 

「…起きたらいないのが悪いんですよ」

 

「それはごめん…。起こすにも気持ち良さそうに寝てたから、家にファイルを取りに行ってたんだ」

 

「ファイル?」

 

 

うん、とゆっくりと体を離すと私の頭を撫でた。それに何か言えなかったのだが、これもイケメンの力であるはず。

 

 

「明日までに出す企画の資料。今日忘れちゃったから」

 

「それを取りに来るってことは、会社に戻るってことですか?」

 

「そうだよ」

 

 

平然と言った瀬野さんに愕然とした。
瀬野さんは私が毎日残業していた時間も、自分から仕事をしていたのだ。だからあの日、エレベーターに乗っていたのだ。

 

たくさんの企画が通る理由はここにあったのかな。仕事に妥協せず、真面目に自分の時間を割いてでも取り組む。

 

 

私とは、大違いだ。

 

 

「どうした?」

 

「凄いなあ、と」

 

「そう?」

 

「ちゃんと、努力してるんですね」

 

 

 

言って、しまったと思った。

 

仕事がまだ何もうまくいっていないひよっ子の私が偉そうに努力だなんて。

 

 

瀬野さんが何も言わないから、怖くて上を向けなかった。さすがにこの上から目線は幻滅してるかも。

 

…まぁ、幻滅してくれた方がいいんだから。

 

 

そぉっと上を向いた。

 

「…瀬野さ、」

 

「わ、見ないでよ」

 

 

見ないで、と言われたけれど驚いて思い切りガン見してしまう。

 

瀬野さんは私に幻滅してるどころか、顔を赤らめていた。見られたくないみたいで、片手で必死に隠そうとしている。

 

 

…どの言葉に赤くなる成分が含まれてた?

 

 

「もー、なんでそういう事言うかなぁ」

 

「え?」

 

「努力してるとか…、そんなこと言われると嬉しくてニヤけるし、照れる…」

 

 

瞬きしか返せなかった。

 

なんていうか、心が広すぎる。
年下の上から目線を、嬉しいって言えるって凄いな。

 

 

「見ないでって言ってるのに、何で見るの…」

 

「あ、すみません」

 

「まぁ、普段なら見てもらって構わないけど」

 

「(見ないわ)」

 

 

 

フッ、と瀬野さんは笑ってそろそろ帰ろう、と車の方に私を促した。

 

顔はエベレスト級にイケメンなので、その笑顔にちょっとドキッとしたのは内緒にしておこう。