この人のことを考えて眠れなくなった

「その珍獣でも見るような目はなに?」

 

 

クスクス、と人を下に見るような笑い方で私に詰め寄る瀬野さん。待ち伏せとか。勘弁して。

 

なるべくその綺麗な顔をみないようにそっぽを向いた。

 

 

「な、何か御用ですか」

 

「一緒に帰ろうと思って」

 

「っ、!け、結構です!」

 

 

この人強引だから意地でも一緒に帰らされそう…!そんなところ、他の人に見られたら大変だって!!

 

そう思って瀬野さんの横を早足で通り抜けようとすれば、寝不足の体は思ったよりも限界がきていたようで。

 

いきなり体を動かした瞬間、力が抜けた。

 

 

「っ、」

 

「おっと」

 

 

地面に倒れそうになる直前、瀬野さんが私の体を抱きとめてくれた。

 

 

「す、すみません」

 

「いいえ」

 

 

心配なんてさらさらしてないような笑顔で私をそのまま抱き締めた。

 

 

「えっ、ちょ…!」

 

「ん?」

 

「は、離して下さい!」

 

 

残業の時間とはいえ会社の前。
いつ、誰が会社から出てくるか分からない。

 

そんな状況下でも楽しげに私の髪を撫でる瀬野さんは本当にどうかしてる。

 

具合が悪いの?」

 

 

少しだけ体を離して覗き込んでくる瀬野さん。
その瞳は少しだけ心配そうに揺れていた。

 

 

「……寝不足です」

 

「寝不足?」

 

 

ふーん、と何故か楽しげに笑う瀬野さん。この人本当に頭がオカシイんじゃないだろうか。

 

 

怪訝な表情を意識的に作っていた私を、余裕そうな、見透かした瞳で覗き込むように距離を縮められた。

 

 

「誰のこと考えて、寝れなかったの?」

 

 

その一言に見事に反応した私の頬は、一気に赤く染まったに違いない。

 

別に好きで考えてたわけじゃない。
違うけれど。確かにこの人のことを考えて眠れなくなったのは紛れもなく事実で。

 

それを分かってしまうこの男は、クスクス、とまた嫌な笑い方をした。

 

車の中で寝てくといいよ」

 

「いや、ほんと、大丈夫なんで…!」

 

 

ぐいぐい、と手を無理矢理引かれてそのまま駐車場に着いてしまった。
瀬野さんは黒の高そうな車の助手席のドアを開けて、私を押し込もうとした。

 

 

「もう乗りなよ。何もしないから」

 

「そんなの当たり前です!!」

 

 

んー、と唸り声をあげたこのイカレタ男。
少しは私への興味も失せただろうか。

 

 

「じゃあ、乗らなきゃここでキスするよ」

 

 

え、と声をあげる前に、どんどん近付く瀬野さんの顔。

 

ヤバイ。かなりヤバイ。この男は本気だ。確かに、今までのこの強引な行動からからかわれているとは言い難い。

 

 

乗りたくない!でもキスもされたくない!
そんな葛藤が繰り広げられるなか、瀬野さんの綺麗な顔は思ったより近くにあって。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょ、離れて下さい!」

 

「じゃあ、乗る?」

 

「乗ります!乗りますから離れて…!」

 

 

本能が危険を感じ、悩む間もなく車に乗ると口にすれば、満足したように離れていく瀬野さん。

 

 

「どうぞ、乗って?」

 

「…………すみません」

 

 

渋々助手席に座れば、車の中は瀬野さんの匂いがして、少しだけ心臓が跳ねた。男の人の車なんて、乗り慣れてないからだろう。うん。